「鉄」が肝臓を壊す? 新たな細胞死「フェロトーシス」の正体 ―?術後の肝機能回復を左右する「鉄」と「100 の遺伝?」 診断と治療の鍵に―
【ポイント】
- 鉄によって引き起こされる細胞死「フェロトーシス」が、肝疾患の進?や?術後の肝機能回復に関与することを解明した。
- フェロトーシスの発?時に肝臓で特異的に変化する100 個の遺伝?群「iFerroptosis」を新たに定義し、疾患の分?マーカーと して抽出した。
- ?術前の?清鉄濃度が術後の肝傷害の程度を予測できる可能性を?し、バイオマーカーとしての有?性が期待される。
【概要説明】
東京科学?学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所の諸?寿朗教授、熊本?学 大学院生命科学研究部消化器外科学講座の松本嵩史医員(研究当時、現パリ?サクレー?学 研究員)らの研究チームは、肝臓に過剰に蓄積した鉄が細胞死を誘導し、肝疾患の進?や?術後の回復遅延につながる仕組みを、動物実験および患者データの解析によって解明しました。
本研究では、細胞の鉄調節に重要な役割を果たす遺伝?FBXL5(?語1)を?損させたマウスを?い[参考?献1]、鉄の過剰蓄積とフェロトーシス(?語2)との関連を明らかにしました。さらに、フェロトーシスの誘導時に肝臓で活性化される100 個の
遺伝?群を「iFerroptosis(?語3)」として特定し、これを肝疾患の評価指標として活?する可能性を提?しました。
これらの成果は、フェロトーシスが肝疾患において果たす役割を再定義するとともに、術後予後の予測や新たな治療戦略(フェロトーシス抑制薬の開発など)への道を拓くものです。
本成果は、東京科学?学 制がんストラテジー研究室、熊本?学 大学院生命科学研究部消化器外科講座、熊本?学大学院生命科学研究部消化器内科講座、京都?学 がん免疫総合研究センターとの共同研究によって?われ、5 ?29 ?付で「Hepatology Communications」誌に掲載されました。
(説明)
●背景
鉄は健康を保つために?かせないミネラルで、成?の体内にはおよそ鉄釘1 本分(約3?5 グラム)の鉄が存在しています。鉄は、?液中で酸素を運ぶ役割に加えて、エネルギーの産?や細胞の働きにも関与しています。鉄が不?すると貧?を引き起こしますが、逆に過剰になると体に有害な活性酸素を?み出し、がんや神経の病気の原因になることがあります。このため、体内では鉄の量が厳密にコントロールされています。
特に肝臓は、体内の鉄を貯蔵する中?的な臓器であり、鉄代謝の異常が肝機能に与える影響は?きいと考えられています。これまで、過剰な鉄が細胞に毒性をもたらすメカニズムは明確ではありませんでしたが、近年、細胞内の鉄過剰による脂質の過酸化が誘導する新しい細胞死の概念としてフェロトーシスが発?され[参考?献2]、鉄毒性の分?機構が徐々に明らかになってきました。
これまでの研究では、フェロトーシスが肝炎や肝臓の線維化、肝臓がんなど、さまざまな肝疾患の発症や進展に関与する可能性が?唆されていましたが、肝臓における鉄の蓄積とフェロトーシスの関係や、フェロトーシスが具体的にどのように病気に関与するのかについては、?分に解明されていませんでした。
また、フェロトーシスは肝臓がんの?術や肝移植の際に起こる肝虚?再灌流傷害(?語4)とも関係していると考えられており、より詳しい仕組みの解明が求められていました。
●研究成果
研究チームはまず、鉄を調節する重要なタンパク質「FBXL5」を?損したマウスを?い、肝臓に鉄を蓄積させた状態で実験を?いました。このマウスにさらに鉄を過剰に与えると、肝臓内の細胞が酸化的ダメージを受けて急激に死に?ることが判明し、これがフェロトーシスによるものであることが確認されました。さらに、このような肝臓傷害時に共通して現れる遺伝?変化を網羅的に解析することで、「iFerroptosis」と名付けた100 個の特徴的な遺伝?群を同定しました。この遺伝?セットは、さまざまな肝疾患マウスモデルやヒトの臨床データにおいても?い再現性を?しており、肝臓でフェロトーシスが進?しているかどうかを評価する“サイン”として、信頼性の?い指標となり得ることが明らかになりました。
さらに、熊本?学病院で肝切除?術を受けた肝細胞がん患者のデータを解析した結果、術前の?清鉄濃度が?い患者では、術後の肝酵素(AST?ALT、?語5)の回復が遅れ、肝傷害が持続する傾向があることが?されました。?清鉄濃度が?い患者では、肝臓における鉄の蓄積がフェロトーシス感受性を?め、肝虚?再灌流傷害に伴う肝細胞死を助?していることが?唆されました。
本研究は、フェロトーシスの病的意義をマウスとヒトの両?のデータから明らかにした点で先駆的であり、鉄代謝の制御が外科的 介?による肝傷害の予防?管理における新たな治療標的となる可能性を?しています。
●社会的インパクト
本研究成果は、肝疾患の診断や予後予測に新たな視点をもたらすものです。たとえば、肝臓がんの?術や肝移植を?う前に、患者の?清鉄濃度や肝臓内の鉄蓄積の程度、さらにiFerroptosis の発現状態を調べることで、術後にどの程度のダメージが?じるか、肝臓がどの程度回復するかを予測できる可能性があります。
また、フェロトーシスを事前に抑制する治療(例:抗酸化薬の投与)を組み合わせることで、患者の予後を?きく改善できるような治療法の開発も期待されます。
このように、iFerroptosis を活?した診断ツールの開発や、フェロトーシス制御を?的とした新薬の創出といった今後の応?展開が期待されます。
●今後の展開
本研究により、肝臓病とフェロトーシスの関係や、フェロトーシスの評価?法としてのiFerroptosis の有効性が?されました。今後は、?臓?腎臓?脳など他の臓器にも同様のアプローチを応?し、フェロトーシスが全?に及ぼす影響を広く検討していくことが求められます。
また、すでに市場に存在する鉄キレート剤や抗酸化薬をどのように活??最適化し、フェロトーシスが関与する病態の予防や治療に役?てていくかも、今後の臨床研究における重要な課題となると考えられます。
●付記
本研究成果は?本学術振興会 科学研究費補助?、科学技術振興機構、?林がん研究
振興財団、?松宮妃癌研究基?、?原?郎記念医学医療振興財団、?本がん研究振興財
団、加藤記念バイオサイエンス振興財団、?本医療研究開発機構、および健康?寿代謝
制御研究拠点共同研究助成の?援を受けて実施したものです。
【参考?献】
[1] Toshiro Moroishi, Masaaki Nishiyama, Yukiko Takeda, Kazuhiro Iwai, Keiichi I.
Nakayama, Cell Metabolism, 2011, 14, 339-351
DOI: 10.1016/j.cmet.2011.07.011
[2] Scott J. Dixon, Kathryn M. Lemberg, Michael R. Lamprecht, Rachid Skouta,
Eleina M. Zaitsev, Caroline E. Gleason, Darpan N. Patel, Andras J. Bauer,
Alexandra M. Cantley, Wan Seok Yang, Barclay Morrison III, Brent R. Stockwell,
Cell, 2012, 149, 1060-1072
DOI: 10.1016/j.cell.2012.03.042
【?語説明】
(1) FBXL5:体内の鉄を適切に調節する役割をもつタンパク質。この遺伝?が?損すると、鉄が過剰に蓄積する。
(2) フェロトーシス:鉄による脂質の酸化によって誘導される、新しいタイプの細胞死の?つ。がんやさまざまな肝疾患との関 連が注?されている。
(3) iFerroptosis:本研究で特定された、肝臓でフェロトーシスが起きた際に共通して発現変化がみられる100 個の特徴的な遺伝?群。
(4) 肝虚?再灌流傷害:肝臓への?流が?時的に途絶えた後、再び流れ始めたときに?じる組織傷害。?術時や肝移植の際に発?することがある。
(5) ALT?AST:肝臓がダメージを受けると?液中で増加する酵素。肝機能を評価する?液検査項?として広く?いられている。
【論?情報】
掲載誌:Hepatology Communications
論?タイトル:Integrated hepatic ferroptosis gene signature dictates pathogenicfeatures of ferroptosis
著者:Takashi Matsumoto, Akihiro Nita, Yohei Kanamori, Ayato Maeda, Tomomi Nita,Noriko Yasuda-Yoshihara, Kosuke Mima, Hirohisa Okabe, Katsunori Imai, Hiromitsu Hayashi, Yuta Matsuoka, Katsuya Nagaoka, Keiichi I. Nakayama, Yuki Sugiura,
Yasuhito Tanaka, Hideo Baba, Toshiro Moroishi
DOI:10.1097/HC9.0000000000000721
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